日々少しずつの積み重ねというのは

色々なところで現れてきます

長年の努力の末やっと報われたということもあれば

少しずつのダメージがじわじわ効いてきて

崩れ落ちるという負の効果もあるかと思います。

仕事や人生において

道半ばで倒れてしまった人達に対して使われる表現でも

「あの人のラストストローは何だったのか」というのがあります。

重いわらの束を背負うロバが限界点を越えて

最後のたった1本のわらを背に乗せたときの

崩れ落ちる様子にたとえての表現ですが

これまでどんな事にも耐えてこれたのに

そんな些細なことで倒れてしまうのか…ということもあるのです。

仕事や人生のあらゆる場面でのティッピングポイントは

突然訪れるように感じます。

でもそれは、水が蒸気になったり氷になったりするように

その限界点を越えたということであって

それまでのプロセスを考えれば、本当の意味では突然はなく

突然の愛の破局といわれるものも

それまでのお互いの心に気づかなかっただけというのが

ほとんどなのかもしれません。

本当に大切なものほど、それが足りているときには

その大切さに気づかないことが多いのです。

空気や水のように…

でもいったんそれが不足したときには大変なことになります。

ある瞬間にそれが大切なものだったと気づかされるのです。

あって当たり前だったものや、居てくれて当然だった人がいなくなった時

初めてその大切さが身に染みてわかる…ということもあります。

そしてそんな時というのは

いつもは虚勢をはっていたり、ごまかしていた自分が

本当の自分に戻る瞬間なのかもしれません。

 

長男君の渡米の日が、刻一刻と近づいてきました。

今回も4年間の予定なのですが、今回はさらに厳しく

最初の2年間は日本の土を踏むことさえ原則許されておりません。

今の仕事を選んだ時

「親の死に目には会えないという覚悟を持って…」と父に言われておりましたが

きっとそれは現実になるのでしょう…

人間の幸福の形に決まった型などはなく

一緒にいることだけが重要なのではなく

それは最後に大切になるのは心の問題だからです。

 

いずれにしても、この世のすべての現象は

自分も含めて

全てかりそめなのだ…

 

 

夢かうつつか幻か

この世のことはかりそめぞ

~源氏物語~