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徒桜

願わくば 桜の下にて春死なん
その如月の 望月の頃

 

フロントガラスに勢いよく向かってきては
ふわりと避けていく桜の花びらが舞い散る中
車を走らせていると
その瞬間瞬間の場面が
スローモーションのように感じられます。
一つ一つの花びらがまるで幻であったかのように
次の瞬間には後方に流れていくさまに
儚くも美しい、散り際の美学なるものを感じてしまいます。

世の流れというのも、本来はそういうものなのかもしれません。
とかく過ぎ去ったものは美しい思い出となり
心の中に生き続けたりもするのです。
(そうでないことも多々ありますが…)

今の日本は、失敗に厳しい一発レッドカード社会ともいわれ
ちょっとした失敗、あるいは言い間違えなどをすると
たちまち批判の雨あられ・・・
その集中攻撃の容赦のなさといったら大変なもので
特に匿名性が加担されるネット上で群衆心理が働けば
もう完膚無きまで、
徹底的にたたかれてしまうこともあるように思います。

人間は本来、助け合うことで生き残るということを学び
文明化するにしたがい、生活環境も改善され
他人を思いやることが洗練された人間の証しになってきたとも言われています。
けれどその一方で
自分は他人から理解されて当たり前という甘えの構造も同時に構築され
これが更に進むと、他人を信じすぎる傾向につながり
とかく無条件に頼りすぎてしまい、それがうまくいかないときには
自分以外の他者に対して無性に腹が立つという気持を
生んでしまう事にもなりがちなのだそうです。
例えば、電車が車両点検などで遅延してしまう…
注文した商品とは違うものが届いた…
それによって実際に大きな不便や損害があったとしても
過剰な批判に対する、過剰な謝罪が求められることになります。

ちなみに人間の攻撃性の引き金となる代表的な状況は
自我が脅かされる
自分が否定される
自由が奪われるという3つがあげられるそうですが
色々な意味で全能感(自分は何でもできるし、何でも知っている症候群)が強化されていくと
それが挫かされたときショック・怒り・恐怖も相対的に大きくなっていきます。
信頼関係はとても大切ですが
そこに過剰な依存(甘え)が生まれた場合は問題かもしれませんね。

技術が進歩すればするほど、社会は良くなっていくのでしょうが
(そうでないと困ります)
そこには文明の跛行性が潜んでいることも
理解して気をつけておくことが大切なのかもしれませんね。

コロナウィルスが猛威をふるっております
どうぞ体調にお気をつけてお過ごしください