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合理性をこえて

神は、我々を人間にするために
何らかの欠点を与える
~シェイクスピア~

 

日常生活の中では単に習慣になっていることでも
そのパターンから外れると
何だか気持ちが落ち着かないことってあります…

道を歩く時は人の右側を歩く? 左側を歩く?
コーヒーは食後に? それとも最初から?

こういうのって人によって結構決まってて
自分と合わない人といると何となく生理的違和感を感じたりします。
人が抱く感情についての決定的なメカニズムは
よくわかっていないのです。
心理学者のウィリアム・ジェームスは100年以上も前に
普通の人々は実在する存在のみならず
何かそこにあるものの存在を信じる傾向にあると指摘しています。
何かそこにあるものとは
人間の通常の感覚がとらえる所を越えて感じとれてしまう
不可知なるもののことだそうです。

そもそも人間が合理的でない証拠なんてどこにでもあります。
食べ物の好き嫌いにしても
ある人たちとウマが合わないことも
特別な人のことを好きになることだって
後知恵によるつじつま合わせ以外に合理的な説明は難しいのです。
私達の行動や信じていることの多くの側面には、
合理的な根拠などないのかもしれません

人間関係がうまくいかなかったりするのも
感動の出会いがあるのも
散々苦労しても駄目な事があるのも
棚ぼたの勝利があるのも
人間の行為の根拠には必ず感情があるので
そこにあるものの何かに影響をうけているからなのかもしれません。
人間の判断にはまずその人の傾向
(好き嫌いとか過去の経験とか呪縛とか…)があって
それに影響されながら進んでいくのです

その人の行為の選択を注意深く観察すると
(先天的か後天的かは色々ですが)
どういったバイアスがかかっているのかわかるものです。

まずは人(自分)の気持ちを大切に…
良きにつけ悪しきにつけ
そこから出来事の連鎖は始まります。