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過去につながる瞬間

私が子供の頃は

まだ家のそばに戦争中に作られたという防空壕があって

お友達数人と何回か中に入ったことがあります。

そんなに奥行きはなかったと記憶していますが

外の明るさとは対照的に真っ暗な壕の中はひんやりと湿っていて

臆病な私がよく中に入っていけたものだと

今でも驚きと共に思い出します。

ひとしきり探検を終えて出口に意識を向けると、思いのほか光が小さくて

近づくにつれ光の束が大きくなっていくと決まって走り出す子がいます。

一人が走り出すとそれにつられてみんなが大声をはりあげて

蜘蛛の子を散らすように走り出したのを覚えています。

 

終戦記念日が近づくと

過去の悲惨な戦争に想いを馳せたり

お盆にはご先祖様や亡くなった家族のことを偲んだりと

過去につながる時間が多くなるこの時期は

蒸し暑さがそうした感情を呼び起こしてくれるのに

一役買ってくれているのかもしれませんね。

 

まもなく太平洋戦争の終結から73年を迎えます。

日本は戦後生まれの人が人口の8割以上になり

2050年には日本から戦争体験世代がほとんどいなくなることが予想されるのだそうです。

高齢化社会という問題を考えた時にも

現在の日本を築いてきた人たちが尊厳を保てないような状況になるとすれば

ある意味社会がゆがんでいるのかもしれません。

 

お盆を過ぎると少しずつ夏の喧騒が後ろへと流れていき

炎天下の蝉時雨より夕暮れの蝉の方が

似合う季節へと移り変わっていきます。

 

それにしても

今年はいつ涼しくなってくれるのか・・・

 

知識は使ってこそ

2014年に公開された映画

『ルーシー』の中で主人公ルーシーが

普通の人間では10%しか機能していない脳を

100%にまで覚醒させていく中で

『知識が増えると人間らしさが消えていく』と言っていましたが

頭でっかちな人は往々にして人間性が乏しいのかもしれないと

感じる時があります。

知識は持っている事が大切なのではなく

使い方が重要であると言われるように

霊的知識をせっかく手に入れても

霊的真理から外れている(としか思えない)生活を送っている時は

軌道修正していくことも必要でしょうし

知らなかったのであれば仕方ないで済まされることも

知っててやるのであればそれなりのカルマを

背負う覚悟は必要なのかもしれませんね。

 

知識には責任が伴い

自分勝手なわがままなこともできるということも含めての

選択の自由ですから・・・

 

人の行動には最終的にその人ごとの本性が現れてくるもので

「優秀な外科医ほど手術の前に神に祈る」と聞いたことがあります。

一流だからこそ人間の限界を心得ていて

そんな自分が人の命を扱うことの怖さを知るからなのだそうです。

本来学びは、深めていけばいくほど知れば知るほど

自分が知ったことなどほんのひとかけらに過ぎないのだと知ることになるもので

霊能開花の手段方法も、人が知らないやり方を知っていたり

複雑なやり方(瞑想方法や印の組み方等)を知っていると

それだけで特別感があるのかもしれませんが

一見単調とも思える方法を毎日ひたすら続けていくことの方が

結果に繋がる可能性が高いようにも思います。

(最後は形ではなく心の在り方ですが…)

カウンセラーが出す本やブログに書く内容が

必ずしも本人のエネルギーと一致するとは限らないので

自分で確かめていない情報を判断基準にするのは危険かもしれません。

体験を伴っていない情報にはそもそも説得力がありませんので

それを見極めていく力が受け取る側にも必要であり

盲信しない責任が問われることになるかと思います。

(間違ったことを教えた側にもカルマとして、相手が転生した星まで追いかけて行き

間違いを訂正する羽目になりますよと師に言われたことがありました)

 

人生の折り返し点を過ぎた今

世が世なら(織田信長の時代なら)

もうとっくにこの世を卒業している年齢・・・

自分の人生にとって意味のあること、社会に貢献できることを

身の丈に合った形で求め

その中で自分の役割を果たしながら

粛々と人生を歩んでいきたいと思います。

自分らしさ

人生において

バランス感覚は重要な要素ですが

そのバランスを支える価値観は人それぞれ千差万別で

そんな中、ひとつのあるいは最大公約数的な基準で

バランスをとりなさいと言われても

そもそも無理な話しなんじゃないかと思ってしまいます。

こだわりにしても人それぞれで、普段は大雑把な人が

なんでそんな小さなことにこだわるのかと思うこともあります。

けれどこだわりは “ その人らしさ ” であり、それはただのモノの好みだけの問題ではなく

習慣だったり、考え方の基としての個性も “ らしさ ” を作るのに

一役買っているように思います。

身のこなし方や話し方、考え方が全て混ざり合って “ 自分らしさ ” になっていくのだと・・・

人生の中では自分の大切なもの(自分らしさも含め)を守るためには

時として、こだわり貫かなければならないこともあるかもしれません。

そんな中、その場の空気によって拘束されやすい人は、「自分らしさ」というよりも

「みんなと同じ」を選びやすいのだとか。

西洋のキリスト教などのような絶対的な目的(天国に行く)を持たない日本人は

その時々に有力な価値基準に従って、長いものには巻かれる的になってしまう・・・

歴史的な大事件をみると、そんなこともあるのかもと思ってしまいます。

何千年にもわたる日本人のDNAは、簡単には変えられないのかもしれませんね。