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曖昧さ

今までの人生で、自分の理解や許容範囲を

超える事態に直面した時

責め立てる対象を無理にでも作り上げ

そこに向けて不満や憤りをぶつけて

発散させようとしてしまったことは

ないでしょうか・・・

なぜこんな事になったのか…

もしや誰かの陰謀なんじゃないか…(苦笑)

それが全く根拠のない、ナンセンスなことだとわかっていても

その中に何とか因果関係を見つけ出し、自分を納得させる理由が欲しいのです。

じゃないと、精神衛生上耐えられませんから。

物事は『白か黒か』というように、単純明解に原因を究明できるものでもなく

毎日の生活や人生などほとんどのことは、些細な出来事の積み重ねであっても

原因に対して予測できる結果も一つではないので

その因果関係はグレーな領域であるように思います。

でも人間の脳は難しく考える事を嫌いますから、

どうしても黒か白かの二者択一論に走りたがる傾向があるのかもしれませんね。

一生を通じて私達のカルマは、

それぞれの試練に耐え切れないものにはならないよう

手加減されている(らしい)ので、遭遇する出来事はそれを通して学ぶ、

あるいは、進化向上する機会なのだと捉えたほうが

納得しやすいかもしれません。

人生の途中で降りかかる災難は、それにどう向き合っていくのかという

自分の態度にこそ意味があって、出来事それ自体に深く意味を求めていっても

納得のいく答えは出てこないことの方が多いようにも思います。

中には、前世で悪い行いをしたから、今その報いがきていると霊能力者に言われ

その苦しみに耐えることこそがカルマの解消法だとして

自分自身を納得させている方もいらっしゃるかもれませんが。

けれど、大震災の時などに耳にする、

近所の高齢者を背負って避難する人もいれば

火事場泥棒まがいの行動をする人もいるように

どちらを選択するのかは自分であり、

前向きな力も否定的な力も、全て自分自身から発せられるものです。

何が自分の心に否定的な影響を及ぼすのか、向き合ってみることも大切です。

自分にとって都合のいいことばかり主張せず

(後でとんでもないしっぺ返しに遭遇することもありますから…)

謙虚な態度を心がけることが、大切なのかもしれませんね。

冷静に考えれば、『私』の都合がいつも

宇宙の摂理に適っているとは、とても言えそうにありません…

 

次男君ネタ・・

(まさか自分がここまでネタにされているとは夢にも思っていないだろう)

次男君は大学生になったはずなのに、

いまだに自分の下着(トランクス)と父親の下着の区別ができておりません。

先日もリビングのソファーに寝ていたら、父親に「パンツ見せろ!」と怒鳴られ

するするとズボンを降ろした次男君・・・

案の定父親の「おニュー」のトランクスをしれっとはいておりました。

さすがに我慢の尾が切れてしまった主人は

次男君のトランクス全てに太字のマッキーペンで名前を書き書きしました。

しかも全部ひらがなで・・・

幼稚園生か…💧

相変わらず学習能力のない次男君だ。

 

 

本当に人を愛するということは

その人が一人でいても生きていけるようにしてあげることです

~三浦綾子~

 

 

 

 

 

過去につながる瞬間

私が子供の頃は

まだ家のそばに戦争中に作られたという防空壕があって

お友達数人と何回か中に入ったことがあります。

そんなに奥行きはなかったと記憶していますが

外の明るさとは対照的に真っ暗な壕の中はひんやりと湿っていて

臆病な私がよく中に入っていけたものだと

今でも驚きと共に思い出します。

ひとしきり探検を終えて出口に意識を向けると、思いのほか光が小さくて

近づくにつれ光の束が大きくなっていくと決まって走り出す子がいます。

一人が走り出すとそれにつられてみんなが大声をはりあげて

蜘蛛の子を散らすように走り出したのを覚えています。

 

終戦記念日が近づくと

過去の悲惨な戦争に想いを馳せたり

お盆にはご先祖様や亡くなった家族のことを偲んだりと

過去につながる時間が多くなるこの時期は

蒸し暑さがそうした感情を呼び起こしてくれるのに

一役買ってくれているのかもしれませんね。

 

まもなく太平洋戦争の終結から73年を迎えます。

日本は戦後生まれの人が人口の8割以上になり

2050年には日本から戦争体験世代がほとんどいなくなることが予想されるのだそうです。

高齢化社会という問題を考えた時にも

現在の日本を築いてきた人たちが尊厳を保てないような状況になるとすれば

ある意味社会がゆがんでいるのかもしれません。

 

お盆を過ぎると少しずつ夏の喧騒が後ろへと流れていき

炎天下の蝉時雨より夕暮れの蝉の方が

似合う季節へと移り変わっていきます。

 

それにしても

今年はいつ涼しくなってくれるのか・・・

 

知識は使ってこそ

2014年に公開された映画

『ルーシー』の中で主人公ルーシーが

普通の人間では10%しか機能していない脳を

100%にまで覚醒させていく中で

『知識が増えると人間らしさが消えていく』と言っていましたが

頭でっかちな人は往々にして人間性が乏しいのかもしれないと

感じる時があります。

知識は持っている事が大切なのではなく

使い方が重要であると言われるように

霊的知識をせっかく手に入れても

霊的真理から外れている(としか思えない)生活を送っている時は

軌道修正していくことも必要でしょうし

知らなかったのであれば仕方ないで済まされることも

知っててやるのであればそれなりのカルマを

背負う覚悟は必要なのかもしれませんね。

 

知識には責任が伴い

自分勝手なわがままなこともできるということも含めての

選択の自由ですから・・・

 

人の行動には最終的にその人ごとの本性が現れてくるもので

「優秀な外科医ほど手術の前に神に祈る」と聞いたことがあります。

一流だからこそ人間の限界を心得ていて

そんな自分が人の命を扱うことの怖さを知るからなのだそうです。

本来学びは、深めていけばいくほど知れば知るほど

自分が知ったことなどほんのひとかけらに過ぎないのだと知ることになるもので

霊能開花の手段方法も、人が知らないやり方を知っていたり

複雑なやり方(瞑想方法や印の組み方等)を知っていると

それだけで特別感があるのかもしれませんが

一見単調とも思える方法を毎日ひたすら続けていくことの方が

結果に繋がる可能性が高いようにも思います。

(最後は形ではなく心の在り方ですが…)

カウンセラーが出す本やブログに書く内容が

必ずしも本人のエネルギーと一致するとは限らないので

自分で確かめていない情報を判断基準にするのは危険かもしれません。

体験を伴っていない情報にはそもそも説得力がありませんので

それを見極めていく力が受け取る側にも必要であり

盲信しない責任が問われることになるかと思います。

(間違ったことを教えた側にもカルマとして、相手が転生した星まで追いかけて行き

間違いを訂正する羽目になりますよと師に言われたことがありました)

 

人生の折り返し点を過ぎた今

世が世なら(織田信長の時代なら)

もうとっくにこの世を卒業している年齢・・・

自分の人生にとって意味のあること、社会に貢献できることを

身の丈に合った形で求め

その中で自分の役割を果たしながら

粛々と人生を歩んでいきたいと思います。

【満席になりました】心霊講座(全10回)開講のお知らせ

霊視・霊聴・霊感という潜在的な力は

  • 生まれつき走るのが早い人
  • 生まれつき絵を描くのが上手な人
  • 生まれつき歌を上手に歌える人

などと同じように
その人の人間性とは全く無関係であり
さまざまな潜在能力を持っていることと
その人の霊格の高さは別物です。

むしろ、霊的真理・霊界の仕組みもわからず
心のコントロールもうまくできない状態で
そういった能力だけが発達してしまえば
本来ならばかかわらずにすむ
低い波長(階層)の領域にいる霊魂と
無防備なまま関わることになり
恐怖や苦痛に苛まれ続けることになります。

この心霊講座では
潜在能力のやみくもな開発を目的とするのではなく
霊性の向上を軸に霊能開花を目指してまいります。

各回の題目及び詳細は以下の通りとなります

第一回 スピリチュアリズムの基礎知識①
(霊界の構成・霊的身体観等)
第二回 スピリチュアリズムの基礎知識②
(感応現象・憑依現象・チャクラ等)
第三回 背後霊・ご供養について
第四回 死と睡眠
第五回 ヒーリング
第六回 才能と体質からみる霊能力
波長の法則との関係性における霊界通信
第七回 進化と分離
第八回 霊性の向上と瞑想
第九回 宿命と運命
第十回 普遍性の観点から『神』を考える
心霊現象が起こるメカニズム

全10回 各10,000円
(講座料金はその都度のお支払いで結構でございます)

毎月第1日曜日 13:00〜 4時間前後

募集人数 4名
( 最少遂行人数3名 )

第一回講座 2018年9月2日(日)13:00〜
(2019年1月は除く)

場所 自宅カウンセリングルーム
小田急線柿生駅

なお霊査による
霊能力強弱のお調べはいたしませんが
全10回最後まで続けられる強い意思を
お持ちの方を対象とさせていただきます。

心霊世界のことを
単なる興味本位だけで学び始め
(学び始める理由は人それぞれですので
どんな理由であっても構わないのですが)
入り口でやめてしまう、あるいは
理解したつもりで過信してしまうことは
曲解➡︎誤用へとつながり危険です。
さらには、自分で学んだことで自分を裁きだすことにもつながってしまいます。

うわべだけのスピリチュアリズムに
振り回されることなく
生涯をかけて学び続けていけること…
これが才能であり
結果(霊能開花)につながる確実な方法です。

イエス大師もその生涯の中で
行方不明とされている期間があり
要はイエスの生涯に関して書かれた
聖書の四つの福音書
(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)には
12歳から30歳までの記述が殆どなく
いきなり30歳になってヨルダン川に現れ
洗礼を受けることになります。
実は、その間各地で修行をしていたのだといわれ
だからこそあれだけの奇跡を起こせる人に
なれたのだと思います。

今回、初級編の内容に関しましては
英国スピリチュアリズム、及び日本心霊主義という
ひとつの学問としてすでに
検証されているものに基づいており
情報としてもかなり出回っている内容となっておりますので、録音は大丈夫ですが
上級編に関しましては
私の主観・経験に基づいた内容であり
また、一期一会の観点から
録音はご遠慮くださいませ。

受講ご希望の方は、以下ご明記の上

naitolucia@gmail.com

までご連絡お願いいたします。

  • お名前
  • ご住所
  • 携帯番号
  • 生年月日

霊的真理というものを
ご一緒に追求していけましたら幸いでございます。

願い申し上げます。

あなたがもし疑いをもって私のところに来るなら
私はあらゆる疑う理由をあなたに与えよう。
しかしもし愛を持って私のところに来るなら
私はあなたの想像を超えた愛をあなたにみせてあげよう
〜ハイラカン・ババジ〜

自分らしさ

人生において                         

バランス感覚は重要な要素ですが

そのバランスを支える価値観は人それぞれ千差万別で

そんな中、ひとつのあるいは最大公約数的な基準で

バランスをとりなさいと言われても

そもそも無理な話しなんじゃないかと思ってしまいます。

こだわりにしても人それぞれで、普段は大雑把な人が

なんでそんな小さなことにこだわるのかと思うこともあります。

けれどこだわりは “ その人らしさ ” であり、それはただのモノの好みだけの問題ではなく

習慣だったり、考え方の基としての個性も “ らしさ ” を作るのに

一役買っているように思います。

身のこなし方や話し方、考え方が全て混ざり合って “ 自分らしさ ” になっていくのだと・・・

人生の中では自分の大切なもの(自分らしさも含め)を守るためには

時として、こだわり貫かなければならないこともあるかもしれません。

そんな中、その場の空気によって拘束されやすい人は、「自分らしさ」というよりも

「みんなと同じ」を選びやすいのだとか。

西洋のキリスト教などのような絶対的な目的(天国に行く)を持たない日本人は

その時々に有力な価値基準に従って、長いものには巻かれる的になってしまう・・・

歴史的な大事件をみると、そんなこともあるのかもと思ってしまいます。

何千年にもわたる日本人のDNAは、簡単には変えられないのかもしれませんね。