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【9月開講】心霊講座10回コース

 

~9月開講 心霊講座のご案内です~

※今回よりZOOM(ビデオ通話)による
マンツーマンのオンライン講座を新たに始めます

 

スピリチュアライズアドバイザーの認定をいただいている

師・正木りさ氏の元で学んだ英国スピリチュアリズムに

別の視点から私に気づきを与えてくださった二人の恩師

加藤眞由儒氏と葦原瑞穂氏の教え

そしてそれらを私なりに追究し深めた内容を添えて

全10回の講座として勉強会を開催いたします。

 

霊視・霊聴・霊感という潜在的な力は

・生まれつき走るのが早い人

・生まれつき絵を描くのが上手な人

・生まれつき歌を上手に歌える人

などと同じように、その人の人間性とは全く無関係であり

さまざまな潜在能力を持っていることとその人の霊格の高さは別ものです。

むしろ、霊的真理・霊界の仕組みもわからず

心のコントロールもうまくできない状態で

そういった能力だけが発達してしまえば

本来ならばかかわらずに済む低い波長の領域にいる霊魂と

無防備なまま関わることになり、恐怖や苦痛に苛まれ続けることになります。

 

この心霊講座では

潜在能力のやみくもな開発を目的とするのではなく

霊性の向上を軸に霊能開花を目指してまいります。

実技のレクチャーは基本ございません。

霊視・霊聴・オーラ視などの現象を単に追求していくのではなく

別の観点から霊能力という才能をとらえ

霊的真理を追究していきます。

 

スピリチュアリズムは単なるオカルト幽霊学ではなく

人生哲学です。

その背後には不滅の霊魂とどう向き合い

死後の世界をどうとらえていくのかという崇高な思想が隠されています。

10回の勉強会では、心霊学だけではなく

歴史・哲学そして物理学などの側面も絡めて

霊的真理をお伝えしてまいります。

各回の題目及び詳細は以下の通りとなります。

 

第一回 スピリチュアリズムの基礎知識①

スピリチュアリズム勃興の背景と現代における意義

霊界の構成・霊的身体観

第二回 スピリチュアリズムの基礎知識②

感応現象・憑依憑霊現象・チャクラについて

第三回 スピリチュアリズムの基礎知識③

背後霊

先祖供養・水子供養(歴史的背景も含めて)

仏像について

第四回 スピリチュアリズムの基礎知識④

死と睡眠

お迎え現象・死後の生活

第五回 スピリチュアリズムの基礎知識⑤

ヒーリングの意義

病の原因・霊障

第六回 才能と体質からみる霊能力

波長の法則との関係性における霊界通信

物理学とスピリチュアル

第七回 進化と分離

霊的な変化による進化

スピリチュアリズムと古神道

第八回 霊性の向上と瞑想

オカルトとスピリチュアル

宗教からみるスピリチュアリズム勃興

呼吸・言霊

瞑想について考察

第九回 宿命と運命

光さす方向へ

運命と自由意志

カルマについて

第十回 普遍性の観点から『神』を考える

心霊現象が起こるメカニズム

全10回 各10,000円
(講座料金はその都度のお支払いで結構でございます)

 

※対面講座

昨今の状況を鑑みて、1クラス2名以内で開講いたします
・1名様でも開講します
・男女共可
・聴講生参加の可能性あり

★土曜日コース
毎月第1土曜日 12:00〜6時間前後
第一回講座 2020年9月5日(土)12:00〜
(2020年1月は除く)

★日曜日コース
毎月第2日曜日 12:00〜6時間前後
第一回講座 2019年9月13日(日)12:00〜
(2020年1月は除く)

※初回の男性の方の自宅カウンセリングは
承っておりませんが、勉強会に関しましては
初めての男性の方もお受けいたします。

場所: 自宅カウンセリングルーム
小田急線  柿生駅(徒歩圏内)

 

※オンライン講座

ZOOM(ビデオ通話)による1対1での講座となります(男女共可)
現状、対面講座は、休憩と質疑応答を含め
1回6時間程の内容となっております。
この内容をそのまま1回のオンライン講座で行うことは難しいと考え
1回分の講座を2回に分けて進めてまいります。

1回2時間 × 月2回
平日及び土日祝日の19:00~20:00の間で開始
曜日等につきましては、参加者が決まり次第
個別にご相談させていただきます。
(曜日固定でも、その都度の相談でも可)
オンライン講座も月謝制とし(1ヵ月10,000円)
翌月分を前月末までにお振込みいただき
振込確認後、メールで翌月分のテキストをお送りいたします。
なお、ビデオの録画は固くお断りさせていただきます。

 

対面講座・オンライン講座共、
霊査による霊能力強弱のお調べはいたしませんが
全10回最後まで続けられる強い意思を
お持ちの方だけお申し込みください。
(特に、オンライン講座は月2回の実施となります)
うわべだけのスピリチュアリズムに振り回されることなく
生涯をかけて学び続けていけること
それが才能であり、結果につなげる確実な方法です。

「神道は言挙げせず」と言われるように
本来、霊能力は椅子に座って一方的に語られる講義を聞いて
開花していくものでもなく、
霊能開花のための手段方法というのは
完全に個人的なものです。
ですから他人の方法をまねているだけでは
結局は行き詰まりを感じてしまいますが
多くの先達たちの努力によって確立された方法を参考にし
色々試してみることは
自分のスタイル・自分らしさを見出すための
有効な手段にはなりえます。

※この講座は、プロのミディアムを養成することに特化したものではなく
あくまで、霊性の開花を目指したものです。

 

受講ご希望の方は

  • お名前
  • ご住所
    (こちらから郵送物をお送りすることはございませんが、
    郵便物が届く住所をおしらせください)
  • 携帯番号
  • 生年月日

をご明記の上

naitolucia@gmail.com

までご連絡お願いいたします。

 

※聴講制度について
10回修了後に、復習などのため、講座の再受講をご希望の方は
1回の聴講につき1,000円(諸経費のみ)にてご参加可能です。
詳細は、講座参加された方にお知らせいたします。
オンライン講座はマンツーマンレッスンが基本になりますので
聴講生の参加はございません。

 

あなたがもし疑いをもって私のところに来るなら
私はあらゆる疑う理由をあなたに与えよう。
しかしもし愛を持って私のところに来るなら
私はあなたの想像を超えた愛をあなたにみせてあげよう
〜ハイラカン・ババジ〜

自由からの逃走

人間を自由にできるのは、人間の理性だけである。
人間の生活は、理性を失えば失うほど
ますます不自由になる。
~トルストイ~

 

行動範囲が限られて、ストレスも溜まりがちな今日この頃
といっても、元々がインドア派の私にとっては
いつもと変わらないこの頃です…

ただ単に好きな事が出来るイコール自由ととらえ
自分だけの恵まれた環境を追求しすぎると
他人に対する優しさが
薄れていってしまうような気もします。
自由を獲得するためには
それに伴う責任(努力や犠牲)も受け入れる覚悟が必要で
自分が何でも決められるということは
その結果に責任を負わなければなりませんので…

反対にそんなことまでして自由を獲得したくはない
努力や犠牲を払いたくないというならば
エーリッヒ・フロムが『自由からの逃走』の中で書いたように
むしろ他人が自分を決めてほしい…として
指導者への傾倒や全体主義を求める心理状態になるのかもしれません。
『自由からの逃走』では
ドイツがナチズムに傾倒していった原因が自由にあることや
自由になればなるほど耐え難い孤独感や無気力感に脅かされ
人間は自由でいることを恐れるとも書いてあります。
自由になるということは
自分の人生を自分で切り開いていかなければならず
それは、他者との安定した結びつきから切り離されて
一人で生きていくことになり
全体からの孤立という側面もあるのだそうです。

自由になることが個人としての孤独に耐え、
無気力の克服も必要とされるなら
いっそのこと全体に組み込まれて、
かりそめの自分を装いながら、しなやかに自己主張をしていくほうが
楽ということになってしまうのかもしれませんね…

何者にでもなれる自由は
何者でもない自分を受け入れ
誰にでもなり得る自分を抱え込む
ということでもあるのです。

 

我が家のお姫様は
日々、自由気ままに過ごしております…

加えて、次男君も
オンライン授業のZOOMがパンクしてしまったことをいいことに
気ままに過ごしております。
いいのか! 現役大学生が猫と同じ生活スタイルで…

電話カウンセリングについて

 

昨今の状況を鑑みて
オンラインアプリ ZOOM(音声のみ)を使用したご相談を承ります。
加えて、従来は30分枠のみでしたが、新たに60分枠を設けました。

30分 8,000円(電話カウンセリングのみ)
60分 15,000円(対面・電話共)

また、平日のカウンセリングも(対面・電話)承れる日がございますので
よろしければ、ご利用ください。

※ZOOMとは、パソコンやスマートフォンを使って
セミナーやミーティングをするために開発されたアプリで
無料通話も含まれます。
初めて使う際には、アプリのインストールが必要になりますが
こちらからお送りする招待URLから、簡単に電話カウンセリングがご利用可能です。

徒桜

願わくば 桜の下にて春死なん
その如月の 望月の頃

 

フロントガラスに勢いよく向かってきては
ふわりと避けていく桜の花びらが舞い散る中
車を走らせていると
その瞬間瞬間の場面が
スローモーションのように感じられます。
一つ一つの花びらがまるで幻であったかのように
次の瞬間には後方に流れていくさまに
儚くも美しい、散り際の美学なるものを感じてしまいます。

世の流れというのも、本来はそういうものなのかもしれません。
とかく過ぎ去ったものは美しい思い出となり
心の中に生き続けたりもするのです。
(そうでないことも多々ありますが…)

今の日本は、失敗に厳しい一発レッドカード社会ともいわれ
ちょっとした失敗、あるいは言い間違えなどをすると
たちまち批判の雨あられ・・・
その集中攻撃の容赦のなさといったら大変なもので
特に匿名性が加担されるネット上で群衆心理が働けば
もう完膚無きまで、
徹底的にたたかれてしまうこともあるように思います。

人間は本来、助け合うことで生き残るということを学び
文明化するにしたがい、生活環境も改善され
他人を思いやることが洗練された人間の証しになってきたとも言われています。
けれどその一方で
自分は他人から理解されて当たり前という甘えの構造も同時に構築され
これが更に進むと、他人を信じすぎる傾向につながり
とかく無条件に頼りすぎてしまい、それがうまくいかないときには
自分以外の他者に対して無性に腹が立つという気持を
生んでしまう事にもなりがちなのだそうです。
例えば、電車が車両点検などで遅延してしまう…
注文した商品とは違うものが届いた…
それによって実際に大きな不便や損害があったとしても
過剰な批判に対する、過剰な謝罪が求められることになります。

ちなみに人間の攻撃性の引き金となる代表的な状況は
自我が脅かされる
自分が否定される
自由が奪われるという3つがあげられるそうですが
色々な意味で全能感(自分は何でもできるし、何でも知っている症候群)が強化されていくと
それが挫かされたときショック・怒り・恐怖も相対的に大きくなっていきます。
信頼関係はとても大切ですが
そこに過剰な依存(甘え)が生まれた場合は問題かもしれませんね。

技術が進歩すればするほど、社会は良くなっていくのでしょうが
(そうでないと困ります)
そこには文明の跛行性が潜んでいることも
理解して気をつけておくことが大切なのかもしれませんね。

コロナウィルスが猛威をふるっております
どうぞ体調にお気をつけてお過ごしください

 

 

 

風が吹き抜ける感覚

 

日と夜、季節、星、月、太陽。
その移ろいを見れば、
ひとより偉大な何かの存在を思わずにはいられない

 

風が吹き抜けるという感覚は
気持ちのいいものです。
風通しの良い場所は(家庭でも職場でも)居心地がいいですし
空気がいつも新鮮な場所は
気持ちが良いものです。
近所の公園で風に揺れる木々や花を見ていると
なんだかんだ言ってもモノゴトは
自然の摂理に従うものなのかも…と思ってしまいます。

自然界の花々は結果として枯れることはあっても
今年は天候が悪そうだから咲くのをやめておこう
などとはなりません。
まずはいつも通りの生命の営みを始めようとします。
淀むことを知らない
まずはそれを基本として流れていきます。
(処世を身につけた人間には難しいことなのかもしれませんが)

場合によっては理屈をこねることも必要ですが
まずは自然の理に従ってみることも大切なのかもしれませんね。

毎日忙しく無機質に流れていく都会の生活においては
風情はどうでもよくなりがちで
不覚にも
今年もまた缶ビールの桜の花のデザインで
季節の移ろいを感じてしまうとは…

しかも思わず手に取って
カゴにも入れてしまった…(笑)

今宵は久しぶりにいただいてみよう♪

 

 

 

食は命

 

人の運は食にあり
~水野南北~

医食同源と言われるように
健康は日頃の食事によるところが大きいと思います。
身体によい食材をバランスよくとることは
健康維持の基本だと言われ
昨今では食事に不足しがちな栄養を
サプリメントで補給するというのが
かなり一般的になってきています。
サプリメントで身体の機能を
無理矢理フル回転させることの是非はともかく
何らかの栄養不足でココロとカラダに
よくない影響がでるようだとしたら
考えなければいけないのかもしれませんね。

日本のマザーテレサとも言われた佐藤初女さんは
さまざまな悩みに苦しむ人達に
おむすびや温かい料理を食べてもらいながら
話しを聞くという奉仕活動をされていました。
『食』は『命』
『食』を提供するということは
命を差し出すということ
心を差し出すということ
そこに絶望した人達が心を開き
癒されていく境界線があるのかもしれません。

仮に社会で『食』が断たれれば、暴動へとつながり
フランス革命の原因の一つも、『パンをよこせ!』でした。
パンが食べられなければ政変に直結し
お腹がすいている・・・
これで充分な理由となります。
それくらい食料は重要な問題なのです。
不自由しなければ、普段はあまり気を遣わない『食』には
それほどの力があるということなのかもしれませんね。

江戸時代の観相学の大家、水野南北は
『人の運は食にあり』と言い
粗食・小食を説いていました。
また、心理学者のスティーブン・ビンカーは
人は食事を共にすることで、結びつきを持つと指摘しています。

仲良くなりたい
もっと親密になりたいという時は
食事を共にするのがいいのかもしれませんね。

たまには星空の下、火を囲み
お酒を飲みながら語り合う・・・
そうしたことを通して
関係も深まっていくのかもしれません。

Simple is best

2019年でホテルでのご相談は終了いたしました。
沢山のご縁に感謝いたします。

 

 

簡潔こそが英知の真髄である
~シェイクスピア~

 

何でもそうだと思いますが
結局は単純でわかりやすい真実が
時の試練をくぐり抜けるのだと思います。
古今東西の難解な哲学にしても、煎じ詰めれば
人間の本性の普遍的な真実について
(手を替え品を替え)語っているがゆえに
後世まで語り継がれているのであって
当時の時流に乗っただけのものだったら
とうの昔に歴史という時の中に
埋没してしまっているはずです。

良書、特に児童書を選ぶときは
ベストセラーよりロングセラーを選びなさいというのが
基本的なアドバイスと言われますが
その歴史が長いものほど、時の試練を経ているということから
真実に近いものと言えるのかもしれません。

その昔、我が子達がまだ天使(赤ん坊)だった頃
一番興味を示した絵本も
『いないいないばあ』という、いたって単純な内容の絵本でした。

スピリチュアライズ(霊的浄化)が進むと
シンプルになるとも言われます。
古来からの秘儀の教えでも
その中には果てしない単純な反復作業があり
それを行うことなく不思議な力を発揮することなど不可能で
また儀式が複雑化すると
奇跡は起こらなくなるとも言われます。
今でもスピリチュアルカウンセラーとしての在り方を
学ばせていただいている方の浄霊方法は
おどろおどろしいところなど一切なく、とてもシンプルで
反対に、複雑な印を組んだり、こ難しい真言を唱えたりするのも
1つの方法であるかとは思いますが
レベルが高くなるほど複雑な術は使わずになっていくものかもしれないと
思った瞬間でもありました。

イエスキリストが起こしたとされる奇跡も
「嵐よ鎮まれ!」とひとこと言っただけとか
死んだ人に対しては、「起き上がれ!」と話しかけただけなど、
シンプルこの上なく
インドのサイババも、ビブーティと呼ばれる神聖灰や
色々なものを物質化させて人々に与えていましたが
ある人が、「あなたほどの意識の高い人が、なぜ偶像崇拝の儀式を行うのか」と尋ねたとき
「私は大人の中にいるときは大人になり、子供の中にいるときは子供になる。
子供がおもちゃで一所懸命になって遊んでいる時におもちゃを取り上げられたりすれば、
返してくれと泣き叫ぶでしょう。しかし子供が成長して大人になれば、
それが本物ではなかったと気づくようになり、自然におもちゃでは遊ばなくなるものだ」と言って
実際、高弟たちに対しては、違う接し方をしていたと言われています。

シンプルなものほど心を揺り動かし
無限の叡智とつながっていくのかもしれません。

 

令和初のご来光は雲が多く
水平線から昇る日の出は見れませんでしたが
綺麗な天使の階段が現れてくれました。

平和でありますように…

めぐり逢い

 

寒さが増してきました。
通勤の朝、家から駅までの道のりが
思わず早足になってしまいます。
両手をポケットに入れ
肩に力も入り
もうそろそろコートを着てもいいかなと思いながらも
ホームに並んでいる人たちの中に
どの位コートを着ている人がいるか探してしまいます。
そして、みんなが着ているようなら
私も着よう!  なんて考えてしまう自分は
なんて自主性に欠ける
付和雷同型人間なのかと…
霊的真理を学んでいる人間として
この思考形態はどうなんだろう…
と呆れてしまいます。

社会心理学の実験で
ニューヨークの街中で何人かの人が空を見上げていると
通りがかった人達がつられて空を見上げるというのがあります。
社会哲学者のエリック・ホッファーは
『好きなことを何でも自由にしていいなら
人々はいつもお互いを真似しあうものだ』と言っています。
日本人は特にそうだと言われる事が多いですが
アメリカでもどこでも人間は基本的に
みんなと同じでいたいのかもしれませんね。

 

今年もついにラストの12月になりました。
大切な人へのクリスマスプレゼントはもう決まりましたか?
プレゼント選びにデパートをブラブラするのも、楽しい時間です。
プレゼントは一緒にいられないこと(あなたのために時間を使えないこと)
の言い訳とも言われます。
プレゼントや感謝の言葉も大切ですが
「 時間を共にする 」  のが
一番のプレゼントなのかもしれません。

 

 

生後3か月弱で我が家にやってきた子猫も10か月となり
人間というところの15歳くらい…

こんなに可愛かったツンデレ姫が

 

 

 

 

こうなった・・・

 

 

 

 

あなたにめぐりあえて
ほんとうによかった
ひとりでもいい
心からそういってくれる人があれば
~相田みつを~

不機嫌な社会

おごらず、人と比べず
面白がって、平気に生きればいい
~樹木希林~

 

人間の行動を合理的に説明するのは難しいですね。
特にその行動が重要であれはあるほど
そこに主観的な判断基準が入り込んでくるので尚更です。
そこを、『客観的』とか『実証的』という言葉で飾るとき
自分の行動や言葉に責任を負いたくないという気持ちが
働くのかもしれません。

競争社会においては
結果を残さなければならないという思いと
失敗は極力避けなければならないという緊迫感の間で
心は揺れ動きます…
自分自身を超えたところに自分の存在を見い出す事が出来なければ
死ねばそれまでという存在だと感じたり
他人との優劣で自分の居場所を確保しようとすれば
弱者を作り出し、その弱者を排除することで
心の葛藤を埋めていくしかなくなってしまいます。
SNSによって、 昔より簡単に自己主張できるようになってくると
発信する方もバッシングする方も、特に匿名性においては
自分は高みの安全な場所にいながら
言いたい放題の容赦のないものになりがちです…

文科省から、いじめの認知件数が過去最高の54万件と発表されましたが
子供の世界は大人の世界を写す鏡だとも言われます。
大人社会のいじめも昨今問題になっていますが
これって
社会が病んでいるということを示しているようにも思います…

ますます不機嫌な社会、不機嫌な時代になっていくのでしょうか…

 

 

湘南キャンドルに行ってまいりました

8000個の1/fゆらぎに癒されました…

秋の気配

夕暮れ時になると
虫の声もますます騒がしくなり
夜には窓を開けて夜風に吹かれながら
その鳴き声に耳を傾けていると
妙に心が落ち着いてきます。
夏の喧騒から秋の静寂へと季節が巡るたびに
自然の彩りに対する感性が
豊かになっていくようにも感じます。
食材の変化や風景の移ろい、街の空気や空の色など
天高く馬肥ゆる秋…
空気も澄んでくるように思います。

人類はこれまで自然を自分達に都合のいいように作り変えてきましたが
それでもなお自然からの制約の中に心地良さを感じてしまうように
できているのかもしれませんね。
秋の味覚を楽しみつつ
地球に生きる一つの種として
謙虚さをもって地球の未来を考えなければ…
などと思ったりします。
地球環境の問題も結局は人間のエゴで
人類にとって住みやすい環境と、地球にとっての望ましい環境は
果たしてイコールなのか…
これがガイア理論の基本なのだそうです。

古来より日本人は自然の中に神を見出し
自然との共存を大切にしてきました。
自然は征服するものではなく、共存するものであり
それが惟神の道(自然に即して生きる)ということでもあります。

科学の進歩によって人類は莫大な知識を手に入れたのに
それに相応して叡智を身につけたわけでもないという皮肉も言われます。
科学が進歩すればするほど宇宙や自然、命が
いかに不思議に満ちているのかがより鮮明になっていき
それは同時に、それらが一体どういうものなのか
克服できない矛盾として立ちはだかるという逆説的なことも起こっています。
スポーツ選手が十字を切って決戦に臨む姿を見て
合理的ではないと思ったりする感覚は逆に時代遅れで
最新の科学は、以前には非合理だと思われていたことが
人間としてはかえって合理的だということを解明していきます。
そもそも人間の根本的な性質は数千年の間でもたいして変化もなく
(聖書はいまだに世界のベストセラーです)
誰でもアインシュタインの愛用したペンであれば使ってみたいと思うでしょうし
反面殺人犯の着たセーターは着たくはないのです。
人間の本質というものを理解することがとても大切で
理論に人間を合わせるのではないのでしょうね。

さてさて
まもなく突入する5Gとやらの時代
FacebookやPayPayですら未だに使えていない私が
ついていけるはずもなく…
そう考えると社会の進歩と悠然と生きるということは
一致しないのかもしれませんね。
私だけかな。。。

 

君待つと 我が恋ひをれば 我が屋戸の
すだれ動かし 秋の風吹く
~額田王~